組織で一番恐ろしいことは「言いたいことが言えない風土」である。
もちろん愚痴や言い訳ではなく、おかしいな?と思うことが自由に言えない
ことほど恐ろしいものはない。拙著「団塊の転職」にも書いたが
「真剣だったら知恵が出る、中途半端だったら愚痴が出る、いい加減だったら
言い訳ばかり」を私は経験済みである。
最近の企業の不祥事は全て現場の方達は「気づいて」いたのではないか。
NOと言えない風土に大きな問題点を抱えている。
会社の常識が社会の非常識になってしまう。ワンマンなトップほど甘言を好み、
諫言を嫌がるものだ。このようなことを考えている時に、
日経新聞の春秋に「江戸初期の岡山藩主池田光政があるとき、
近頃の自分に大きな過ちはないか家臣に尋ねた。諫言を求めてのことである。
これに泉八右衛門がずばり答えた。<恐れながら、それが嫌にて候>」とあった。
そう!諫言は求めて出るもではない。
トップに君臨すると鼻持ちならないトップ意識が自分では感じなくても
出てしまうものなのだ。
常日頃からの振る舞いや、部下への接し方、有言実行がなければ諫言ではなく
甘言を受け入れてしまう。
自分の後姿をどのように見せているのか?後姿は自分では見ることが出来ない、
鏡で振り返って見れば反対に見えるものだ。常に意識しておれば自然と諫言を
言ってくれる部下が出てくるのではないか。
イキイキした組織から内部告発は出ない。
今ほどトップの正しい姿勢が求められる時はないだろう。
2008/06/25 07:39
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PPKとは「ピンピンコロリ」の略らしい。これは「元気で働きピンピンしていたが、
ある日突然コロリと亡くなる」と言う不謹慎なフレーズだが長野県の男性に多いそうだ。
日本人の平均寿命がまたまた伸びたが、長野県の男性は日本でも一番長生きと聞く。
沖縄県の女性も長生きだそうだ。
要は蛋白質や野菜(無農薬の自己栽培)を多く取り、辛いものを出来るだけ避け、
お酒もほどほどにということらしい。そして「くよくよせず、生涯現役」がポイントなのだ。
何も県民全員に言えることではないが、良く理解は出来るお話である。
また日本全国で見ると、55歳で選択定年した人や60歳で完全定年した人は、
70歳まで働いている人よりも死亡率が2倍も高いことも証明されたようだ。
団塊の世代が60歳定年を昨年から迎え、「改正高齢者雇用安定法」の施行に
伴い65歳までの「定年延長」「継続雇用」「定年廃止」などが行われるように
なっては来たが実態はそんなに甘くはない。
働きたくても働けない人が多いのも現実である。
しかし一方では「もう!余生は好きなことをして悠々自適の生活をしたい」と
言う人の気持ちも分かる。何故こんなに寿命が違うのか?
そう!イライラ・クヨクヨがいけないのだ。ストレスをまともに受けては身が持たない。
人間と言うものは「ストレス」を避けたいものであるが、ストレス耐性がうすれると
免疫力も落ち病気になりやすい。メンタルヘルス対策まで考えなければいけない
ことは言うまでも無く異常である。
しかし「ストレス」を「スパイス」にして自由に余生を楽しめたら、
こんなにすばらしい「セカンドキャリア」は無いだろう。
2008/06/19 05:51
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先日セミナーをしていた時にいろいろと「現場の気づき」のお話をさせていただいた。
最後に「その気づきをどのように評価に結びつけるのですか?」とのご質問があった。
数字であれば簡単に分かるが定性的なものは評価しにくい。
私は「部下に関心を持ち、常にその動向を把握して必ず私はあなたを見ているよ、
良くがんばったね!」と言う気持ちがあるか、ないかがポイントと申し上げた。
数字が例え未達であっても、「次なる成果に結びつけることが出来ているのか?
難攻不落のお得意先の受注が目標額から少なくても取れたのか?などなど
その方への関心度合いが一番大切であり、それを評価にリンクしてあげること」
とお答えした。
最近は成果主義の弊害から「チームワークなどの定性的な評価を軸とするものに
切り替えた企業」も多くなってきた。
成果主義だと自分のスキルや提案力がなかなか共有出来ないのではないだろうか。
そうすると「職場の雰囲気もギスギスして殺伐としたものになってくる」
競争相手は「常に変化する市場やお客様のお気持ちを他社よりも素早く
キャッチすること」なのである。
ましてや自社で競争ばかりしている時代ではない。
売り上げとか利益と言う結果が大切なことは言うまでもないが、プロセスをも
評価してあげれば結果に結びつくのではないだろうか。
すすめ方がおかしければ修正してあげれば良いのである。
それが出来ずに「結果」ばかりで精神論で励ましても、
あまり効果は期待できないことを体験している。
2008/06/12 06:43
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世の中「品格」と言う言葉が大流行である。この種の本も氾濫している。
辞書で引くと「どことなく、その人に備わっている品位」とある。
最近大相撲の千秋楽横綱決戦でお互いが勝負後に「バトル」したとか、
しないとかが話題になっている。要するに「横綱としての品格」がないと
判断されたのである。相撲は日本古来の「道」でもある。
柔道・剣道・弓道等と同じく、相撲道なのである。
しかし勝負も凄く大切なことでもある。
相撲は「神事」なのだそうだ。水を含む、塩を撒き清める、四股を踏む
のは悪霊を払う意味があると聞いた。勝負に負けて「相撲に勝った」
などと言う言葉をよく聞いた。
私は学生時代に弓道をしていた。「礼に始まり礼に終わる」、
弓道八節と言うものがあり、最後は「残心(身)」と言うものがあった。
的に当たろうと、あたるまいと「常に冷静に心を落ち着けた姿勢を保つ」
ことが求められた。残念な顔などすれば叱られたものである。
そう言えば昔の双葉山が連勝記録の破れた時に「我、未だ木鶏たりえず」
と言われたとか。相撲道に励む方には「道」を思い起こして欲しいものだ。
勝たねばならないが、心・技・体を整えると共に「木鶏」を目指して欲しい。
心が大切なのである。そうすれば勝負には必ず「勝つ」、
「克己心=自分との闘い」の問題なのだ。
自分の態度や行動を変える「勇気」と守るべき道を守る「信念」を持って欲しい。
未だに出来ていない私だが、ビジネスパーソンにも言えることではないだろうか?
2008/06/04 14:17
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