人と組織研究所 気づきナビゲーター 高橋貞夫

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2007年5月 5日

変革も「気づき」から

世の中はすごい変化の時代である。

激流の川をボートでのぼるぐらいの勢いがなければ、どんどんと流されていくような

大変な努力が必要なことは言うまでもない。

即ち今までのやり方のみでは通用しないことが多い。

「変革」が叫ばれて久しいがなかなか出来ないのも事実である。

変革=ものごとを感じる力×それを考える力×そして実践する力ともいえる。

「思っていました」「考えていました」では何にもならない。「実践」しなければ全く

意味をなさない。何故実践しないのか?それは失敗した時のことを考えるからである。

躊躇するのである。「ダメ元」から「ダメ素」に変化しよう。

先ずは「やってみる」ことが大切である。失敗しても必ず「次に生きる」。

しかも変革は3つの要素の相乗積である。どの要素もどれかが0であれば

結果は0なのだ。もっと困ったことは0ではなくマイナスの要素になってしまっては、

結果はマイナスになり今よりも悪くなってしまうことがある。

少なくとも「好奇心をなくしたり」「ネガティブになったり」「人の足を引っ張ったり」

しないようにしたいものだ。

要は「自分が気づき、それを考え、実践に移す」ことが今の時代

一番求められているのではないか。

2007/05/05 11:04 |

2007年5月31日

現存社員の育成こそ急務(ビジネスサプリメント258号)


最近雇用情勢が改善された旨のニュースが流れている。非正規社員が増え

正規社員が本当に改善されているとは思われない現実もある。

また新卒社員の急激な採用増加も如何なものかと思われる。

中高年の雇用の厳しさは相変わらずである。

また団塊の世代の退職に伴い専門職の中途採用や派遣社員の

採用も活発になっている。

しかし各企業共、現存の社員に対しての人材育成が疎かになっては

いないだろうか?

アナログ時計の歯車のように、現存社員が自分の役割をきっちりと実践しない限り、

いくら部品を取り替えても時計にはならない。

制度疲労を起こさず常に磨きあげなければ正確な時は刻めない。

また社員が自ら「気づき」そして主体的に実践するように働きかけない限り、

育成とは言えないし、気づいたとしても継続は難しいと感じる。

即ち「自らレベルアップしよう」と言う気持ちにならないと働き甲斐につながらない。

高い給与や地位は不満足の減少であり、満足の増加にはならず成果には結び

つかないのである。

企業の理念が浸透したアクションが取れる社員が活躍する企業こそ、

これからの厳しい世界を生き抜くのではないだろうか。

2007/05/31 20:08 |

2007年5月25日

得意なものを伸ばす(ビジネスサプリメント257号)

<今回からメールマガジンの続編として号数を付けました>

今や人事考課の基本は減点主義よりも加点主義と言う考え方が当たり前に

なった。評価よりも「育成」の結果の評価なのである

しかし目標管理の目標設定は「あるべき姿-現状=目標」として運用されている

ケースが殆どである。足りない部分や、出来ないことを修正して出来るようにする

という考え方は分からないでもない。

自分自身でも思うのだが、出来ることを「極めていく」ことで出来ないことも

修正出来るのではないだろうか。即ち「得意な分野+磨く=目標」の考え方をし

た方が早いのではないか。

昔のイチロー選手の打撃フォームの改造論議や、最近ではメジャーリーグの

岡島投手(残念ながら19試合で無失点が止まったが)の投げ方しかりである。

岡島投手は制球力に問題がある投げ方で、矯正されたままなら今のような活躍

があったかどうかは疑問である。

もちろん「基本」からあまりはずれたことであれば問題外。

学校教育もしかり、伸び伸びと得意な分野を極めるような加点主義の

考え方が今ほど求められている時はないように感じる。

教育とは「おしえはぐくむ」と書く。

2007/05/25 09:57 |

2007年5月17日

誰かがするだろう!

良く綱引きの事例でお話しするが、1人対1人の場合はそれぞれが持っている力

の100%を出し切るが、人数が増えるほど本人は無意識に力を抜くそうだ。

「リンゲルマン効果」と呼ぶ。100%の力が50%ぐらいになってしまう人数は、

何と8人対8人の時とある。

またラタネの法則には、目隠ししヘッドホーンをつけて大きな声を出すと言う実験

をすると、1人と言われた時はかなり大きな声を出すが、

一緒に2人・3人と言われるとだんだんと声が小さくなるようだ。

実態は1人だけなのだが。

即ち集団の中にいると無意識に「誰かが?」と言う意識が働くのである。

講演後の質問もなかなか出にくい。タウンミーティングもやらせ質問だったが

本当に出にくいのだ。誰かが口火をきるとどんどんと出る場合がある。

最近の卑劣な犯罪である、列車内の暴行事件も「誰かが通報」するだろうと

言う意識が働いたのではないか?

ある新聞に掲載されていたが、心理学で「冷淡な傍観者」と言う考え方が

ある。目撃者が多ければ多いほど個人の責任が軽くなり、

自分が率先して行動を起こす動機が弱まるそうだ。

組織にも同じことが言えるのではないか?あなたの組織は大丈夫だろうか?

2007/05/17 22:54 |

2007年5月11日

感じる力をつけよう

日経ビジネスに「人の感情を捉えて数値化」と言う記事が掲載されていた。

人の感情をコンピューターが判別する感情認識技術が実用段階に来たそう

である。コールセンターでお客様の「怒り」のレベルがある段階を超えた場合は

経験豊富なマネジャーに引き継ぐと言う。

これは音声認識ではなく「感情認識」の技術、声帯が発する周波数から察知する

ようなのだ。

時代はここまで来たのかとびっくりするし、すごいと正直に思った。

私も以前クレーム電話の通話時間が長く続いた時があり、「生半可」な応対を

したら、「聞いているのか!」とまたお叱りを受けた経験がある。

前職では電話交換手の方々は交換台に座る前には大きな鏡の前で「笑顔」の

練習をされていたのを思い出した。しかし顧客接点はあくまで「アナログ」でありたい。

相手の感情レベルを人間が察知できなければ何となく怖い気がする。

世の中「鈍感力」と言う言葉が流行しているが、些細なことはそれで良いが、

本質的には「敏感力」を持ち、相手の言葉や顔つきから「感じる力」を付けたい

ものだ。世の中の「変化」を感じとるのは「人間である」。

やはりデジタルより「アナログ」も大事なのではないだろうか。

2007/05/11 09:01 |

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